『人生、「前向き」もはや「上向き」ブログ』、新たなことに挑戦します。
小説を今回書いております。
私自身本を読むことが大好きで人生を豊かにしてくれるツールの一つです。
私も誰かの人生を豊かにできるようにチャレンジしてみようと思い書いてみました。
皆さんの人生の活力になるよう、前向きに、上向きになるような願いを込めて書きました。
2回に分けてお送りいたします。
話の題材は私の大好きな「野球」です。
「野球 アップくん」
ある朝たけしは、グローブとバットを持って家を飛び出した。
行き先はいつも1人で野球の練習をしている公園だ。
昔に比べて野球をやることができる公園は少なくなった。
「野球禁止」の看板が最近の公園には必ずと言って良いほど書いてある。
そんな中、野球の「練習可」とわざわざ看板に書いてある公園が存在する。
たけしは毎日その公園に行って学校から帰ってくるとランドセルを置きリビングの机の上にいつ見ても補充されているお菓子入れの皿からプロテインバーを一本かじって家を出る。
たけしは母親のゆかから将来は何になるのと聞かれてもまだ決まってないと一言答えるだけ。
小学校の教室の後ろに貼ってある自己紹介シートの将来の夢の欄にはまだ未定と書いてある。
特にプロ野球選手になりたいという欲はないのだ。
それなのに飽きずに毎日公園に行って1人で野球の練習をしている。
親から見ると多分、している。そんな程度であった。
たけしの父浩平は福岡ソフトバンクホークスで4年間プロ野球選手として生活していた。
4年間で一軍出場は0。2軍でたまに外野の守備固めとして出る程度であった。
そんな起用であれば4年間もプロの世界に居続けられるものだろうかとプロ野球の世界に詳しい人は思うはずだ。
4年目が終わったオフに戦力外通告を受けたのだ。
トライアウトなどを受ける気持ちは全くなかったが、同僚がトライアウトを受けるということで練習に付き合っていたそうだ。その流れで受けるだけ受けてみるかとトライアウトを受けたのだが、
結果は3打席とも内野ゴロ全くいいところを見せることはできなかった。
どこからもオファーが来ることなく野球を辞めた。
たけしは幼い頃から母から父の野球の話を何度も聞かされていた。
その影響もあってか小学生に上がったころには1人で野球の練習に行くようになっていた。
初めは少年野球チームに入部するはずであったが通っている小学校の野球チームがコロナ禍で廃部となってしまった。
他に野球がやれるところはないかと探したものの他の小学校のチームでは知らない人の中で野球をやりたくないと1人で練習することを選んだ。
特に嫌なら無理にチームに入れさせなくていいのではないかと夫婦間の話で決まった。
浩平はたけしに練習に付き合うぞと毎日夕食を食べている時に話をするのだが一言遠慮しとくよというだけであった。
浩平はプロ野球選手を引退した後は就職活動を行い営業職に就いた。
ゆかがなんで父さんに練習頼まないの聞くも、元プロ野球選手に教えてもらうのはずるい気がするからという理由だった。
しかし、野球は9人でやるスポーツ。
チームに所属していなければ本格的な野球の試合もできない。
結局小学校一年生から6年生まで毎日1人で野球の練習をする日々が続ききがつけば来月から中学生になろうとしていた。
中学に入ったら野球は続けるの?と聞くとやるよと返事が返ってくる。
中学になったら硬式ボールで野球をするチームに入るのか軟式ボールで野球をする中学校の部活に入るかの選択肢があった。
たけしは中学校の野球部に入ると決めていた。
しかし、たけしが入学する中学校の野球部はあまり野球に力が入っていない部活であると聞いていた。
それでもたけしは中学校の部活に入ることを決めており母に中学校の野球部でエースにならなかったら野球はやめると珍しく強気な発言をしていた。
そしてその時ゆかは武がピッチャーをやりたいんだなと気付いた。
そのことを浩平に伝えるとほおーと感心していた。
中学校の部活にはゆうたという小学校で親友となったクラスメイトの友達と一緒に入ることを約束していたらしく、
ゆうたは絶対にソフトバンクホークスの川崎選手みたいな選手になってプロ野球選手になると言っているそうだ。
たけしはプロの世界は甘くない、そんな簡単じゃないと小学生らしからぬ発言をゆうたにはしていた。
そんなゆうたと一緒に部活動見学の期間に帰りのホームルームが終わったら真っ先に向かった。たけしとゆうたは同じクラスにはならなかったが隣のクラスであったためすぐに2人は合流し校庭へと向かった。
体が一回りも二回りも大きい中学生が並んでランニングを始めている。
その後ストレッチなどを行ったあとキャプテンらしき人がキャッチボール!という大きな声を合図に他の選手たちがおー!と大きな声を発してキャッチボールに向かって行った。
その様子を見たたけしとゆうたは顔を見合わせて何か聞いていたものと違うような気がするとお互い心の中で言い合った。そのはずだ。
しばらくキャッチボールをしていたら背丈は小さいがいかにも野球をずっとやっていましたといわんばかりの風貌の先生が歩いてきた。見た目は怖かった。
あの先生知ってるかとたけしはゆうたに聞くが「いやしらん」と返ってきた。
キャッチボールをやっていた選手は中断しキャプテンらしいき人がきをつけ礼!と合図を送ったあと選手全員でよろしくお願いします!と大きな声で挨拶をした。
またたけしとゆうたは顔を見合わせてやっぱり聞いてた話とちがうよなと次は言葉に出して話した。
後から聞いた話だがどうやら今までは本当に緩めの野球部だったが、野球を大学までバリバリで続けていた先生が今年度から野球部の顧問として就任したらしい。
そのおかげでなのかそのせいでなのか野球部は緩めどころか厳し目の部活に変わっていた。
たけしはその光景を見たが今更考えを変える気も起こらず部活に入部することを決めた。ゆうたも野球選手になるんだと意気込んでいたし学校の部活に入る以外は親が関わらなくてはならないためダメと言われていた。
そのため、考えを変えることなく入部を決めた。
一年生自己紹介をと。名前とやりたいポジションを言うようにと今年度から野球部に就任した金本先生から言われる。
百田武です!やりたいポジションはピッチャーとサードです!と答えた。
たけしはピッチャー志望であったが、なんとくサードもやってみたいなと軽い気持ちで思った為一応言ってみた。
ゆうたも続いて柴田雄太です!やりたいポジションはショートです!と1番大きな声で自己紹介とやりたいポジションを言った。
たけしの学年はたけしとゆうたを合わせて27人いた。正直多いなと思った。
たけしの通う中学校は三つの小学校から生徒が集まっている為全校生徒はとても多い。とはゆうものの硬式野球チームに進む選手の方が例年は多いはずなのだが中学校の野球部への入部者の方が多かった。
他の同級生を見た時に思った印象は体が大きな選手が数人いた。
話を聞くと少年野球や地域のソフトボールチームでエースや4番を打っていたという選手であった。
たけしは参った。母に中学校でエースにならなかったら野球を辞めると伝えていたが、こりゃ本当に中学で野球をやめることになるのではと思った。
ただたけしは少しばかりの自信もあった。
よし一年生を今から二つのチームに分けて紅白戦をやると金本先生から指示があり、たけしはBチームの先発投手として指名された。
AチームとBチームの選手の分け方を見た時に小学校時代名を馳せていたというエースの木山と4番の佐山が同じAチームにいた。
期待されているチームがAってところか、とたけしは思った。
絶対に抑えてやると意気込んだ。
初めてのマウンド。小学校の時に1人で練習していた公園にはプレートはあったもののいわゆるマウンドのように傾斜に地面がなっているわけではなかった。
そのため初めてマウンドという野球の聖地に立った。
その時のたけしは神がかっていた。
7イニングで中学校の野球は行うルールなのだが、5イニングを2失点に抑えた。
初めてのマウンド初めての試合初めてのピッチャーにしては上出来だったと思う。
ただ2点を取られたのは噂の木山と佐山にそれぞれ一本ずつホームランを打たれての2失点であった。
木山は投げては5イニングを無失点。三振を9個取っていた。打っては3打数3安打と完璧な野球選手であった。
金本先生は笑顔を見せない。ただじっと試合を見ながら時折鬼の形相で指示を出していた。
たけしも軟球牽制球をなげるんだと叱られた。初めての牽制球であったがなんとなくでやっていた為しっくりこず、何球も投げてしまった。
試合が終わったあとは木山と佐山の話でもちきり。やっぱりお前たちはすごいなあと同じ小学校の友達同士で話になっていた。
その話の最後の方に少したけしの話しも出ていた。あいつは球はおそいけどなんとなく打ちにくかったと。嬉しいような悲しいようなそんな感想をもらったたけしのデビュー戦であった。
入部してから5ヶ月一年生は一年生大会というものを控えていた。
全部で7校の中学校がリーグ戦形式で試合をするという一年生だけの大会が行われる。
たけしは一年生大会で背番号9をもらった。というのもたまたま練習の時にバッティングでアピールができたからであった。1番はもちろん木山、背番号2は4番でキャッチャーの佐山で決まっていた。
たけしは一度もやったことのないファーストに入れと無茶なオーダーを金本先生から言われたが試合に出れるだけましかと思い一生懸命にプレーをしたが結局試合に出場した選手の中で唯一ヒットを放つことができず大会が終わった。
肝心な1番やりたいと願っていたピッチャーで試合に出ることもできたが3回3失点満塁のままワンアウトもとれず降板しそれ以降の4試合で一度もピッチャーとしてもファーストとしても名前が呼ばれることはなかった。
チームは2位という成績で終わった。
しかしたけしは複雑な心境であった。何もチームに貢献していない上に2位という好成績をあげたからだ。
そして1番やりたいと思っていたピッチャーとしての印象は最悪なものを金本先生には植え付ける試合となってしまった。
それからはたまに練習試合でピッチャーとして試合に出るもホームランを打たれるわフォアボールは連発するわでいいところなしであった。
投手は必ず登板が終わったらランニングをすることが必須であったためいつものようにランニングをしていた。
その時に金本先生から呼び出された。
またこっぴどく怒られるのかなと思ったらサイドスローにしないかという話であった。
特に投げ方にこだわりがあったわけではないがやっぱりピッチャーはオーバースローだというイメージからオーバースローで投げていた。
しかしあまりにも結果が出ないたけしを見てサイドスローへの転向をうながした。断れば言うことを聞いていない為出場の機会は減るだろうなと思った。
どうしたらいいんだろうという表情になっていたのだろう。まあ考えてみろと言われ話は終わった。
たけしは家に帰ると夕食を食べている間ぼーっとしていた。
仕事から帰った浩平は「なんだぼーっとして」とたけしに声をかけた。
たけしは初めて浩平に「おれオーバースローでピッチャーをやってるんだ」。でも部活の顧問からサイドスローに変えてみないかって言われててと、初めてお父さんに相談をした。ゆかはその光景を見てびっくりしたが平常心を保ち話を静かに聴くことにした。
浩平はネクタイをとりながらたけしはどっちの投げ方で投げたいんだと聞いた。
とたけしはずっと考えていた。こだわりはそこまでなかったもののよくよく考えるとオーバースローがかっこいいと考えていたこに気づいた。
浩平にオーバースローがやりたいと伝えると。じゃあオーバースローのまま投げますと先生に伝えてこい。
それでダメでも自分の信念を貫き通した上での結果は受け止めるしかない。とゆかは初めて浩平が父親らしいことを言った為少し涙目になっていた。
たけしはぼーっとしていた為ご飯が全く減っていなかったが、あっという間に食べ終わりシャドーピッチングを家の中でやり始めた。
続く、、、